プロダクションノート

企画の発端

企画の発端

シンエイ動画の近藤慶一プロデューサーは、もともと実写の世界で働いており、山下敦弘監督の『苦役列車』(2012)に助監督として参加していた。事務所には山下が置いた「化け猫あんずちゃん」の単行本があった。
その後、近藤は岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』に助監督として参加し、そこでロトスコープディレクターを務める久野遥子と面識を得た。雑談の折、近藤は久野に「『化け猫あんずちゃん』って知っていますか」と尋ね、久野がいましろたかしのファンである事を知り、『化け猫あんずちゃん』の映像化に重要な2人を見つける事ができた。近藤は、その後シンエイ動画に入社し、『化け猫あんずちゃん』の映画化を企画した。

かりんというキャラクター

かりんというキャラクター

映画のために新たに描かれたキャラクター・かりん。借金まみれで頼りない父を待ち、不機嫌そうな表情を浮かべる彼女について、山下監督は『お引越し』(1993、相米慎二監督)で田畑智子が演じた11歳の少女のイメージが念頭にあった。久野遥子監督からも『つぐみ』(1990、市川準監督)の牧瀬里穂の性格なども重ね合わせ、制作初期に描いたイメージボードも、そういった要素をを踏まえて不良性のあるおかっぱ姿なかりんが描かれている。
そして、オーディションで五藤希愛さんが決まり、かりんも現在のデザインに決まった。
「今回、映画にしか出てこないキャラクターについては、演じる役者さんの顔にある程度近づけたいと考えました。特にかりんは、池照町では異分子みたいな存在なので、いましろさんの絵柄と違って、むしろ浮いていてもいいだろうと考えて描いています。オーディションのとき、五藤さんが三つ編みで、すごくかわいかったので、そのまま本編に反映しました」(久野)。
「ロトスコープなので、中学生の子をキャスティングしても、11歳に描くことはできるんです。でも今回はそれはしないでおこうと。かりんと年齢が近い五藤さんの、未完成な部分も含めてうまく引き出すことで、かりんになればいいなと思って撮影しました。そこが実写側の役割だと思っていました」(山下)

仏・Miyu Productionsとの合作

仏・Miyu Productionsとの合作

Miyu Productionsは2009年に設立されたフランスで近年大注目のアニメーションスタジオだ。長編『リンダはチキンが食べたい!』、『めくらやなぎと眠る女』など国際的に注目される長編アニメーションの制作を手掛けており、日本の短編アニメーション作家との共同制作も様々に手掛けている。同社との共同制作は、Miyu側から久野監督にコンタクトがあったことがきっかけ。
「企画の準備中に、Miyu Productionsから久野さんに制作の誘いがあったんです。そこで久野さんが、逆に『化け猫あんずちゃん』をプレゼンしたところ、向こうが関心を持ってくれたことが始まりでした」(近藤)
こうして、日本側で実写撮影からキャラクターの作画までを行い、Miyu Productionsが背景美術と色彩設計を担当するという体制で制作が行われることになった。
「Miyu Productions」が、カラーボードを制作し、それが各カットの色調のベースになりました。美術監督のJulien De Manさんがポスト印象派の画家ピエール・ボナールの絵がイメージにあるとおっしゃって、そういうトーンで描いてくれました。写実的になりすぎず絵画的な魅力のあるバランスの背景は、柔らかい雰囲気で、印象派的な光の感じがとてもこの作品の世界にあっていたと思います」(久野)

ロトスコープへの挑戦

ロトスコープとは、実写を撮影し、それをアニメーションへと描き起こす手法だ。発明されたのは1915年と非常に古い起源を持つが、近年改めて注目を浴びている手法である。『化け猫あんずちゃん』では、ロトスコープを採用したことで、山下監督と久野監督という異なる才能の最高のコラボレーションが実現することになった。
「僕は1カットが長めなんですが、最初はアニメだからもっとカットを割らなくちゃいけないかなとも考えていました。けれど、久野さんがいつもの感じでいいですといってくれてたので、基本的に撮り方はいつも通りでした。そのまま映画にするわけではないので、照明も不要、天気待ちも少なく、同録のためのマイクが映っていてもいい。そういう意味で、撮影中はよい演技を引き出すことに集中できる感じでした」(山下)
実写映像からアニメーションを描き起こす時に、ただそのままベタに描き写しても、いいアニメーションにはならない。そこにはやはりセンスが求められる。
「役者さんのお芝居がそれだけでまずおもしろいです。例えば立ち上がる動作にしても、途中で首がちょっと曲がっていたりする。そういうところでキャラクターの感情がとても伝わったりしてくるんです。だから、そこをひとつの指針として、同じぐらいおもしろく、できるならさらに何が加わるべきなのかと考えて作画をしました。難しいのは、役者さんの動きを細かく拾いすぎても、演技の持つ“旨味”が弱まってしまうところ。私としては、“拾うべき動き”と“そうでない動き”を見極めるのが大事だと思っています。」(久野)
キャラクターを演技させるアニメーターの仕事は時に俳優にもなぞらえられる。ロトスコープは、実写の俳優とアニメーターという俳優のコラボレーションでもある。

ロトスコープへの挑戦 ロトスコープへの挑戦
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カンヌ国際映画祭「監督週間」レポート

カンヌ国際映画祭に併設されている部門である「監督週間」は、作家性を重視した作品が選出され、世界で活躍する映画監督の登竜門として知られる非常に注目度の高い部門。過去にはソフィア・コッポラ、スパイク・リーやアキ・カウリスマキ、日本人では大島渚、北野武、西川美和らが選出されており、日本の長編アニメーション作品としては高畑勲『かぐや姫の物語』、細田守『未来のミライ』に続く6年ぶりの選出で、久野監督・山下監督ともに本作で初のカンヌとなりました。

5月21日、監督週間のメイン会場であるクロワゼット劇場で2回の上映が行われました。
8:45から行われた1回目の上映会は、約800席が満席に。世界中のプレスや映画ファンが訪れ、注目度の高さが伺える盛り上がり。あんずがバイクでやってくる登場シーンでは場内が笑いに包まれました。登壇を前に久野遥子監督は「日本でもまだお客様には観てもらってないのでどんなリアクションがあるかワクワクしています。」とコメント。山下敦弘監督は「とにかく楽しみ。どんな質問がくるか緊張もしますが難しい映画でもないので(笑)楽しんでもらえていたらいいなと思います」と感想を語りました。

上映後に大きな拍手の中監督が登壇。俳優による実写からアニメーションを作り出す手法はとても新鮮だったようで司会者からのあんず役・キャスティングについての質問に、山下監督は「森山未來さんは俳優であり、ダンサーでもあるので、身体能力も高い。あんずは、おっさんのダラダラした面もあるが、時に猫らしい動きも表現したくて依頼しました。」とキャスティングについて明かしました。
あんずの魅力について聞かれた久野監督は、本作の創作のタイミングで自身も猫を飼い始めたといい、「猫を見ていると人間が気にしてしまうことに対しては雑だったり、それでも必要な時にそばにいてくれることがある。あんずにもそんな魅力があると思います。」と語りました。また客席からは、豊かな色彩について、原作がそもそも色彩豊かな作品なのかという質問が。それに対し久野監督は、「原作はモノクロ漫画な為、映画の色味は美術監督と色彩設計を担当されたジュリアンさんのアイディアから出た色味で、日本の風景を鮮やかに表現してくれました。」と答え、日仏合作で作られた本作ならではの表現について観客も興味深く聞き入る様子がみられました。
舞台挨拶終了後には両監督が沢山のファンに囲まれ、サインにこたえていました。

1回目の舞台挨拶を終え、久野監督は「皆さん熱心に質問してくださったり、とても嬉しかったです。カンヌですがアニメーションに興味がある方も多いのかなと思いました。次の回はお客さんと一緒に観るのでとても楽しみです!(※14:45からの上映では舞台挨拶後に観客と一緒に監督も映画を鑑賞。)」と感想をのべました。
また山下監督は「みんな真面目に観てくれていて嬉しかったですね。」と語り、またカンヌ初参加について「僕は昔「山田孝之のカンヌ映画祭」というドラマを作っていた身としては、本当は来ちゃいけないんじゃないかと思ったんですけど(笑)。
みんなが憧れるとか、参加した人が興奮したと言うことがよくわかる気がしました。」と、カンヌ初参加について思いを語りました。

14:45開始の2回目の上映には、カンヌ国際映画祭「監督週間」にとっても初の試みとしてカンヌの地元の小学生180人を招待。満席で賑わう場内に呼び込まれると会場は大喝采!山下監督、久野監督どちらも「ボンジュール!」と仏語であいさつし、山下監督「呼んでもらえたことに本当に感謝しています。
僕らも一緒に見るので一緒に楽しみましょう。 」、久野監督「日本ではまだ大人の方にしか見てもらっていないので、お子さんたちのリアクションがすごく楽しみです。一緒に楽しみましょう。」と挨拶すると会場はさらに大きな歓声と拍手で応えます。
上映が始まると、あんずの登場にはまたもや場内は笑い声につつまれ、あんずの行動に、そしてカエルちゃんや貧乏神といった個性豊かなキャラクターの登場には沢山の子供達が大ウケ。大人からも時に子供とは違うポイントで笑い声が沸き起こっていました。
そしてエンドロールが始まると場内はわれんばかりの拍手喝采!約4分に及ぶスタンディングオベーションが巻き起こり、監督たちはあんずのぬいぐるみと立ち上がると感激の面持ちで場内全体に手を振り返して、声援にこたえていました。

上映後の囲み取材では観客と一緒に観た感想を聞かれると、久野監督は「お客さんと観ること自体が初めてだったので、映画も初めて観るもののようで染み入りました。」、山下監督は「ちょっと緊張しました。ドキドキしながら見たんですけど、途中からは自分も客になって感動してました。よかったです。」と感想を述べました。
また「カンヌでの上映で得た、今後の活動に持ち帰るものは?」という質問に山下監督は「今年48歳なので、これを20代でくらったら人生狂うかもなという感覚ですが、今は数日したら普通の淡々とした日々に戻るだろうなと思いつつ、でもまたカンヌで上映できたらという可能性がお互いにあるので、これからの決心が変わっていくかなと思います。」と回答。久野監督は「私にとっては長編初作品だったので、本当にくらってしまったような気持ちがあります。
これはある種ラッキーだと思って、もしこのラッキーが、この景色が また見れたら嬉しいと思うので、これを糧に頑張りたい」と話し、 両監督ともにこのカンヌでの出来事が今後の創作に向けても刺激となった様子。